海辺の街の物語

ヴァケーションのいらない人生

自己愛性性格障害、ナルシズム問題

 

色々見ていると、この問題、ナルシズムと自己愛性性格障害に絡んだことが表面化しているみたいですね。

前からそういう被害者の方達の声はあったのでしょうが、この所、私自身がYoutubeなどの動画を色々見続けていたせいか、よりこの問題の深刻さが実感出来てきました。

疑いを持たれた方は、他のブログやYoutubeの動画で沢山、より詳しくナルシズムや自己愛性障害について、かなり的確な分析等があるので、参考にされてみてください。

 

そして私自身も、この問題が緊急で解決が必要だという気持ちから、何か書かずにはいられない今日この頃。

本当はもっと切り込んで色々書きたい所ですが、最近は何かしら緊急な空気があるせいか、どこから何を書いたらいいやら状態です。

 

私自身も、最初は自分の対面している相手や問題が、まさかそこまで深い問題に直結しているとは思わないでいました。

 

それが被害がやがてハッキリ明確になったことで、これ以上無理だと断ち切る決断が出来ました。

 

人は何かが自分にハッキリ害を及ぼしている、しかもそれが命の危険すら伴う、その位の実感が真剣に持てないと、完全にその何かを断ち切れないのかもしれません。

 

これがもっと早く断ち切れる人の場合、そこまで害を受けずに済むので、とても賢いと言えます。

ところが、特にナルシストの場合、かなり巧妙に隠すのが常套手段なので、同情心に厚かったりいつも何か希望を捨てない人は、「必ず良くなる」などと信じて断ち切れないこともあるのでした。

 

というのは、私自身のケースに近いです。

自分で自分のことを、「同情心に厚い」、「いつも何か希望を捨てない」というのも、やや気が引けますが・・・。

もちろん、相対的に見て、私よりそういった気持ちが強い人は沢山います。

ただ、私自身の状況において、ということで、関わった相手や状況に対して、何か出来ないかと思う気持ちが裏目に出てしまったこと。

希望を常に見出すのも、どこで切るのか分からないと泥沼に嵌ることもある、と学びました。

 

自分が生命の危険、健康を害してまで、相手を助けられるものではありません。

相手がどんなに傷ついていても、自分を守れるのは自分しかいない。

そしてどんなに誰かに良くなって欲しいと思っても、誰かが自分自身で良くなりたい、そう思わない限り、誰もその人のことは助けられません。

 

例の「ビーチファイア(海辺の焚火)」で出会ったある方も、こちらで統合性失調症を治療するとてもいい先生がいると言っていたのですが、その先生のポリシーも一貫しているとのこと。

それは、『患者が良くなりたいと思っていなければ、自分の所に連れて来るな』だそう。

つまり、本人が良くしたい、良くなりたいと思っていなければ、どんな治療も無駄ということだそうです。

これには私も同意。

 

ナルシストやその傾向が強い人の場合、とにかく自分を悪いとは思えない、という所があるようです。

自己反省が出来ない、悪いのは常に周りか相手。

自分には何も落ち度がない。

だから関わる相手や社会が悪いに決まっている。

という思考回路。

それだと、何か自分で顧みて治すことがあったとしても、全く気が付けないまま。

人に何か言われても、そんなことは絶対自分にはない、その一貫で付きとおす。

そうなったら怖いと、私も気を付けて、自分が何かズレ過ぎていることがあれば、顧みる習慣を身に着けて来ました。

痛い所でもみること、自分自身を360 degreeのアングルから出来るだけ見る。

それが難しい場合、誰か信頼する人に意見を求める。

何か違う意見でも、一応聞くだけ聞いてみる、など。

 

ナルシスト的な傾向が強い人は反面教師で、その点、気を付けた方がいいことを知らせてくれたのでしょう。

聞けばその傾向が強い場合、年々酷くなり、年を取る程治すのが難しいとのこと。

だから余計、こちらも早期発見で何か怪しい所があれば、自分で微調整してその『病気』について、よく認識しておくのがいいのかもしれません。

 

他の方のビデオやブログにもありましたが、もうこの問題は放っておけない、人類が今の世代で乗り越える問題なのでは、と強く思います。

Youtubeでもそういうコメントがたまにあり、とても共感しました。

その問題が乗り越えられたら、きっと人類はまた一段階上の意識に行けるはず。

そうすると、本当に素晴らしい世界になると信じています!