海辺の街の物語

ヴァケーションのいらない人生

もう必要以上に考えない

ちょっとTwin Peaksにはまって来ました。

そのことをまた書きたくなるような展開に、さすがに違うことも書かないと、と思い直しました。

少し混乱していたのも無理はなく、エピソードの並び方を勘違いしていたため、前のエピソードで3つ位飛んでいたのを発見したのも、より話が繋がり入って行ける要素になりました。

前はなぜ急にこんな展開に?!と、その前のエピソードで終わり方がとても気になるから次を見たのに、ということがあったのです。

そのため、このシリーズはこういう物なのかとすら思っていました。

ところがそれが勘違いだったと分かってから、キャラクターの性格や言動がより腑に落ちたため、すっきりして今度は続きが余計気になるわけです。



こういう脳のちょっとした思い込み、勘違いを正すのも、久しぶりに長いシリーズを見てその世界に浸る利点なのだろうかと思いました。長い話を筋道立てて理解するには、自分の脳も筋道が立っている必要があります。

推理小説や探偵ものが好きだったのは、理論的な展開で頭にも良いことを実感していたからでもありました。

推理小説でプロットが細かい所までしっかり出来ている程、トリックや付箋も生きてくるため、見たり読んでいて説得力があり物語に入っていけます。

キャラクターも現実味を帯びて感情移入するには、現実感があるとより親近感が沸きやすいのでした。



今日は改めて、もうあまり頭で考えすぎずに行動することの大切さを書いておくことにしました。

元々、考えすぎる傾向があった私は、行動する前に石橋を叩きすぎて壊す典型的な面があったこと。

そのために行動していたらチャンスになったのに!と思ったことが何度もありました。

それを逃さないで行動に移すことで、実際に現実が変わるため、考えているだけだと時間ばかり過ぎてしまうのです。

一旦行動して結果を見てまた行動、という風に連続して動くこと。

休みが必要な時は休むけれど、それも考えすぎて休めないのでは元も子もありません。

鬱などに陥る一つの理由には、動かないで考えすぎるのもあるのではと思いました。

休息も必要以上になりすぎると、頭も体も怠くなり回復が進まないのではということです。



こうして書くことも行動の一つだし、書くことも考えすぎると今度はどれも書くには足らない、書かなくていいことに思えてしまいます。

ブログでアップ出来ない場合、こうして考えすぎるから書けないという内容はいくつか他でも読みました。

その通りだと思います。

何でも100%になるまで待っていては、決してその時は来ないこと。

自分の中である程度満を期して動くしかなく、誰の何の基準か分からない100%、「充分」になるのを待っているといつまでも充分になりません。

そういうことでいくつか日常の延長でもやることをこなし、また次に現れる現実に対応していきます。